共依存

共依存関係においては、

ついつい自分のことよりも相手を優先してしまったり、

相手が幸せじゃないと、自分も幸せじゃないと感じたり、

自分を犠牲にしてまでも、相手に”喜んでもらう”ことが、

いつのまにか自分の喜びになってしまって、

そもそも自分の幸せってなんだけ?

と、自らを見失ってしまうことさえあります。

 

それほどに尽くすことに一生懸命になってしまうのです。

 

なぜ自分のことを二の次にまでして、相手に尽くしてしまうんでしょう?

これを紐解いていくには、私たちの「存在価値」について考えていく必要があります。

私たちは心のどこかで孤独を抱えている。

いい意味でも、悪い意味でも私たちは孤独を抱えています。

そんなことないよ!っていっても、

心のどこかで「一人だな」って「寂しいな」って孤独を抱えていることが多くあります。

 

私たちは、一人では生きられません。

 

そんな当たり前のことと、これを読んでいるあなたはきっと思うかもしれません。

でもね、本当に一人では生きられないのですよ。

 

私たちには、どうしても理解してくれる人が必要です。

そして、願わくば「私」という存在を受け入れてくれる人が必要です。

 

分かってくれる人がいるっていうことは、

ものすごく心の支えになります。

理解してくれるっていうことは、

私のことを認めてくれる人がいるということにつながるからです。

 

この世界の中で、私はたった一人じゃないんだってそう思えるのです。

 

何を理解してくもらえるだけで、そんな大袈裟なと考えるかもしれません。

でも、本当にそうなのです。

大袈裟でもなんでもなく、分かってくれる人がいるということは、

それほどまでに支えになるのです。

 

想像してみて下さい。

 

この世界に、自分のことを誰もわかってくれる人がいなくて、

自分の話を誰に話しても、
「そりゃ違うよ。」

「言っている意味が分からない。」

と口々に言われる世界を。

 

そんな世界の中で、あなたは私という自分を保てる自身があるでしょうか?

私にはなかなかできそうにありません。

きっとぐれて、反社会的な行動をとるか、誰とも話さなくなるかどちらかになるでしょう。(汗

 

さて、

分かってくれる人がいる。

 

というのは、そんな中で本当に力になるのです。

それは、心の支えになるのです。

「私をわかってくれる人がいる。」

それだけで、「私はここに居ていいんだ。」

って存在を認めてもらえたような気にさえなるのです。

 

そして、受け入れてくれる人がいることも同じです。

「私はここに居てもいいんだ。」ってそう思えるのです。

 

分かってもらうこと。

受け入れてもらえること。

 

それは、自分自身の存在を認めてもらえたような気にすらなるのです。

 

 

すると、気持がとっても安心するのです。

ここにいていいんだって。

 

でも、存在価値なんて人から認められるものじゃないじゃない。

と思うかもしれませんが、そんな簡単にはいかないのです。

自分の存在価値を認められない時だってある。

あなたもきっと経験があるかと思いますが、

自分で自分の価値を信じれない時って沢山あります。

 

「私間違っているのかな?」から始まって、

いじめにあったり、

認められなかったり、

裏切られたり、

バカにされたり、

虐待にあったりと、

いろんなことが生きているとありますから、

自分を信じれない瞬間って実は沢山あるのです。

 

そして、自分の存在価値がぐらつくというのは、

心にとってはとっても大きなことです。

 

それは「私」という存在であり、主体としての私がぐらつくわけですから、

やっぱりこころが不安定になるからです。

 

だから、イライラしたり、悲しくなったり、

気分が安定しなかったりすることさえあります。

 

ここで、持ち堪えることが出来る人は、

なんとなく自分に対して「大丈夫」という安心感であり、

信頼を持っている人なのです。

 

きっと上手くいく、

なんとかなるもんだろ。

と言える方というのは、自信の他に、

自分という存在に対する信頼を持っていて、

自分という人間を受け入れ、認められている人が多かったりするのです。

 

ただ、共依存関係に陥り、

自分の幸せを二の次にしてまでも、

相手に喜んでもらおう、尽くそうとする方の多くは、

こういった私という存在に対する基本的信頼が少し少ないのです。

 

その為、自分でなかなか自分の価値を信じられない。

なんてことが起きることがあるのです。

自分で自分を認められないから、他人から認めてもらう。

これを読んでいるあなたにもきっとあるかと思いますが、

自分で自分を認められない時に、

人から必要とされることって、

とってもとっても嬉しいものです。

 

自分に自信がなくって、

自分がここにいていいんだって、

信じられない時に、

「あなたがいてくれたから」とか、

「あなたがいないとやっぱりダメ。」と言ったことを言われると、

深く心に突き刺さるのです。

 

「私を必要としてくれる人がいるんだ…。」ってそういう思いが、

胸に深く突き刺さるのです。

 

その為、もっと必要とされたいと思ったり、

もっと喜んでほしい!って強く願うようになることがあります。

 

喜んでもらうことで、

必要とされることで、

私という存在の確認ができるからです。

 

ここにいていいんだって。

そう思えて、自分ではその存在価値を信じられなくても、

人から必要とされることで、自分の存在価値を信じられたり、

その存在価値の確認ができることがあるのです。

 

そうしているうちに、いつしか人に確認をすることでしか、

自分の価値を認められなくなってしまうことがあります。

(これは本人が悪いわけではなく、

そうすることでしか自分という存在を確かめるすべを知らないだけなのです。)

 

そして、いつのまにか恋愛関係においても、

好きな人に喜んでもらうことで、認めてもらうことで、

尽くすことで、「私にはあなたが必要だ。」という状態を作ってしまって、

お互いに依存関係になってしまったり、

敢えて何もできない人を選んで、「やっぱり私にはあなたがいなきゃダメだよ。」という状態を作ってしまう。

 

といったことが起こってしまうのです。

人から確認しなくても、あなたはここで生きていいんだ。

そういった恋愛依存にならない為にも、

そこから抜け出す為にも、

一つとっても大切になってくることがあります。

 

それは、自分の存在価値を人に頼らずに認めていくことです。

 

もちろん、最初は練習が必要ですから、

人に喜んでもらったり、必要とされることから始めることって大切ですからね。

人から必要とされることで、私の存在が確認できることも多いからです。

 

ただ、それを麻薬のように中毒にしないこと。

寂しいから、必要とされたいからといって、

自分を傷つけないことがまずは大切です。

 

そして、最初に断っておきますが、

一朝一夕でその孤独や存在価値や、寂しさを埋めることはできません。

少し時間がかかります。

 

だって、自分をどう信じたらいいかも、

自分の存在をどのように認めていくのかも、

これまで知らずに、

人から必要とされるという方法だけで、

それを埋めようとしていたのですから、

全くこれまでと違うということと、

そして学び直す必要があるという点で、

少し時間がかかるのです。

今まで慣れてきたやり方と違う方法でやるのですから。

 

ただ、人の良いところは、

いつだって学び直す事が出来ることです。

そこに人の真価があると私は感じています。

 

だから、今からだってあなたも学び直すことができるのです。

 

まずは、労わることから始めてみましょう。

ずっと孤独を抱えていて、

必要とされたいと思ってきた私を、

誰も私のことなんて必要としてないかもしれないというそんな恐怖と闘ってきた私を、

いたわることから始めてみましょう。

 

「よくこれまで耐えてきたね。」って。

いたわることから始めてみましょう。

 

最初の一歩は、そんな自分を認めることから。

必要とされたい。

人から認められたい。

という自分を素直に認めるところから。

 

必要とされたいって思っていいんだよ。

人から認められたいって思っていいんだよ。

 

私が引きこもりを脱出したのは、そこからだから。

だから、そんな気持ちに気づいて、

認めて、今まで頑張ってきた自分をいたわるところから始めてみよう。

 

そして、もし一人では無理かなと感じた時は、

一緒に歩みを進めれたらなって思います。

 

あなたが自分を生きられますように。

著者プロフィール

野川 仁
野川 仁
元引きこもりの心理カウンセラー。現在はカウンセリングをしつつ、講師としも、毎週(土)講義を行ってる。目指すは、「記憶に残らないカウンセラー」。カウンセラーのおかげより、自分の力で前に進めた実感を持ってもらうべく、日々奮闘中。理想への道のりはまだまだ長い!